植樹式 ジャン・リュルサ美術館

1998年、長崎広島原水爆研究所を主宰するパリ在住のミホ・シボさんが、柿の木プロジェクトに共鳴し「フランス各地に『被爆柿の木二世』を植えたい」と申込まれました。熱心なミホさんの呼びかけにより、フランス国内でアンジェとサン・ドニに植樹が決まり4本の苗木が海を渡りました。
アンジェでは、1999年3月10日にジャン・リュルサ美術館の庭に苗木が植えられました。この植樹は、同美術館の所蔵する、核兵器や戦争を告発した芸術家リュルサのタペストリー(つづれ織り)「世界の歌」が同年5月まで広島や群馬で展示されるのを機に、「市民の平和教育に」と市が企画したものです。その際、現地の人たちの企画で市立音楽学校の子どもたちが「みんなのカッキー」(柿の木の歌)という苗木のことを歌った歌をフランス語に翻訳して歌ってくれました。この曲は、柿の木プロジェクトとは別に海老沼先生が独自に長崎の川平(かわびら)小学校に植樹した際に、小学校で作られた歌です。参加したこども達や大人たちは、宮島が美術館で撮ったビデオインタビューの中で「みんなのカッキー」や「被爆柿の木二世」についての想いを語ってくれました。

ところがサン・ドニの植樹が日程の関係で中止となってしまっていました。苗木を持ち帰ろうとしたところミホさんが「なんとか植樹先を見つけるのでこのまま預からせて欲しい」と言われたので2本の苗木を残して海老沼先生と宮島さんは帰国しました。帰国後すぐに、ミホさんの尽力によりエピネが手をあげ植樹がきまりました。

1999年の3月24日に、苗木は無事エピネの市立競技場の脇に植えられました。会場には柿の木プロジェクトのポスターが貼られ、市民の祭りで大々的に折り紙で折鶴を折るワークショップが行われました。この日、コソボへの空爆がありましたが、こども達は平和への祈りを込めて鶴を折りました。

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