植樹申込は、A.I.D.Oイタリア臓器提供協会とアートプロジェクト団体リサイクルアルテによって行われました。植樹に先立ち、3月31日に市の会議場にて「時の蘇生―原爆とホロコースト:その反省は我々の思想、世論に今もあるか?」と題したセミナーが開催されました。会場は若い学生のほか、街の人もつめかけ、原爆とホロコースト、そして南イタリアの失業、貧困、暴力などのさまざまな問題とその解決について、活発な研究発表がなされました。
植樹式は、軍のブラスバンド40名の演奏パレードで華々しく開幕しました。パレードが中心街を一巡するとたくさんの人々が家からでてきました。式典はまず、司教からのスピーチの後、この街で亡くなった祖先と、すべての死者に対して祈りが捧げられました。来賓挨拶、スピーチ、アーティストやこども達の作品紹介、インタビュー、司会者による詩の朗読が行われました。そして、参加者は遊歩道を歩いて学生手作りの鮮やかな柿色の旗がみえる植樹場所へ移動しました。こども達の代表2人が地元農家の方と協力して植樹を完了しました。この植樹場所は、イタリアでラマと呼ばれる美しい海の入り江に面した谷状の低地です。古いローマ橋が今も残り、かつては丘から海へ水が流れていたとのことです。会場では歩道に沿ってこどもたちやアーティストの作品がいくつも飾られ、橋との間にはGio’たちによる長さ4mの帯状カリグラフィー作品が何本も風に揺られていました。「アートは私の中にあるから」という言葉を何度もきき、みんなで作り上げた、イタリア最南の地での植樹は大成功となりました。